頭足類学の胎動―分子解析から資源変動まで―頭足類における分子生物学の現況とその重要性
Molecular developmental biology and its significance in cephalopods

SHUICHI SHIGENO
2004 Nippon Suisan Gakkaishi  
近年,さまざまな動物種で分子生物学的手法が適用さ れ,重要な生命現象の機構が次々と解明されてきてい る。頭足類は無脊椎動物において最も精巧な脳と複雑な 行動様式を保持していることなどの特徴により,水産学 だけでなく,動物学や医生物学的にも重要視されてき た。しかしながら頭足類は海産遊泳性で臨海実験所など の特別な設備無しに実験動物として扱うのが非常に困難 なことや,一般にモデル種として扱われる一部の昆虫や 脊椎動物と系統的にかけ離れていることなどの理由によ り,近年開発されたアプローチの多くは依然として未適 用もしくは立ち上げ最中の段階にあると言うことができ る。本報告では,頭足類における分子生物学的手法の現 状と有用性を概観しつつ,現在取り組んでいる脳の発生 生物学的研究を中心に今後の展望を含めて概説する。 1) モデル頭足類の確立に向けて 頭足類に有効な各種手法を適用するには,生体標本の 確保および操作が可能な実験系の開発が必須である。小 型魚類(ゼブラフィッシュやメダカ)の研究が魚類学だ けでなく,脊椎動物全般のモデルとなっていることを考
more » ... 重要なステ ップとなる。これまで八腕類,十腕類を含むさまざまな 頭足類の発生を比較検討した結果,ヒメイカ Idiosepius paradoxus という日本各地にある沿岸域のアマモ場に生 息する最小サイズの十腕類が有用であることが分かって きた。 1 3) この種は容易に実験室の水槽で人工海水を用 いて飼育,産卵,維持そして輸送が可能である。胚は室 温および比較的高温下でシャーレ内に保持でき,発生速 度が非常に速いことから,胚発生を研究するためのモデ ルとして最も有効な種である。またメルカプト酢酸を用 いた卵殻(コリオン)を除去する方法の開発や,全封入 胚においての免疫組織化学,レーザー共焦点顕微鏡を用 いた 3 次元構造の解析,膜電位感受性色素をマーカー とした短時間のタイムラプスイメージング,mRNA 発 現解析のための in situ hybridization,イーグル氏液を 基本とした培養が現在可能となっている。成体も死餌を 与えることにより小サイズの水槽内で飼育が容易にでき る状態である。 2) 発現タグ解析による遺伝子の網羅的な単離 分子レベルの解析には遺伝子そのものの単離と相同性 を確認することが第一段階である。他の動物で解析され た,重要な機能を持つ遺伝子に注目し,類似配列を元に PCR 法を用いた遺伝子のクローニングは一般的な手法 となっているが,将来,DNA チップ解析やリアルタイ ム PCR による包括的な定量解析を行うことも考慮にい れ,発現タグ解析(Expressed Sequence Tag: EST analysis)による網羅的な遺伝子の単離を行った。方法と して,ヒメイカ雌雄個体における成体の脳を解剖学的に 除去し,mRNA を抽出,定法を用いて cDNA ライブラ リーを作成した。In vivo excision 後,プレートからラ ンダムに大腸菌 9,151 クローンをコロニーピッカーで分 取,5′ 側から 500 ベース程シークエンスを行い塩基配列 を決定した。BLASTX (NCBI) プログラムによってピ ックアップした遺伝子の相同性を検索した結果,独立し た(non-redundant な)4,752 の遺伝子断片を同定した。 これらの遺伝子群の配列情報は EST データベースとし て公開可能にする予定である。同時進行で行われている 他の無脊椎,脊椎動物の EST 解析と共に,現在一般公 開に向けて計画を進行中である。 3) mRNA の発現解析 得られた遺伝子断片は,他の生物における既知の情報 をベースとして,機能別,特に神経系に関するカテゴ リー(神経伝達,領域のパターニング,構造タンパクな ど)に細分化し分類した。この中から特に,脳の学習や 記憶,もしくは脳の発生に関与する遺伝子(脊椎動物や ハエで機能が同定されている遺伝子)に注目し,相同性 の確認と全封入胚を用いた in situ hybridization によっ て mRNA の発現組織を調べた。それらには神経接着因 子である NCAMカドヘリンに関係した遺伝子,Wnt レ セ プ タ ー Frizzled, FGF レ セ プ タ ー , ELAV, timeless , ド ー パ ミ ン レ セ プ タ ー , FMRFamide 前 駆
doi:10.2331/suisan.70.781 fatcat:l4ust53hlbcgdpzouo64moociu