高齢者と薬物治療(臨床薬理学的観点から)2.高齢者の薬物療法の問題点―代謝内分泌領域疾患
2. The issues of drug therapy in the elderly patients with metabolic and endocrine diseases

Hiroshi YOSHIDA
2008 Rinsho yakuri/Japanese Journal of Clinical Pharmacology and Therapeutics  
ઃ.はじめに 日本は高齢化社会にあり,65 歳以上の高齢者が総人 口の約 20%を占める.加齢に伴う骨格筋量の減少と 体脂肪とりわけ内臓脂肪の相対的増加により,高齢者 ではメタボリックシンドローム・インスリン抵抗性病 態が助長され,基盤となる内臓脂肪蓄積とともに脂質 異常症,糖尿病,高血圧症などの心血管疾患(CVD) のリスク因子が重積しやすい.すなわち,高齢者の多 くは複数の疾患を合併するため,必然的に多剤併用の 服薬環境にある.内服薬の種類が多いことは,高齢者 では服薬コンプライアンスの低下を招くとともに,加 齢に伴う肝・腎機能の低下も加わって薬物相互作用が 出現しやすい.50 歳代と比べ,高齢者では心筋梗塞や 脳梗塞による死亡率がそれぞれ 7 倍,20 倍以上増加し ており, 日本の動脈硬化性疾患予防ガイドライン (2007 年版)にも示されているように,高齢そのものが重要 なリスク因子である.高脂血症,糖尿病や高血圧症な どの診療ガイドラインは,これまでの幾多の大規模臨 床試験のエビデンスなどを根拠にして作成されてお り,いわゆる evidence-based
more » ... (EBM)が診療 指針の基本である 1 .しかしながら,成人の診療ガイ ドラインの多くは,原則として一般成人(とくに男性) を主な対象にして作成されており,必ずしも高齢者に そのまま適用できるものではない.高齢者に適用でき るガイドラインが用意されるには,高齢者を対象とし た脂質異常症の薬物療法の臨床試験成績がいまだ不十 分であり,欧米においても高齢者に対する診療ガイド ラインはいまだ策定されていない. 本稿では,代謝内分泌領域の高齢者薬物療法の現 状および問題点について,高脂血症治療薬スタチン (HMG CoA 還元酵素阻害薬)を用いた薬物療法と糖 尿病の薬物療法(経口糖尿病薬)に焦点を当てて概説 する. .高齢者における高脂血症薬物治療の 現状と問題点 高齢者における脂質異常症の管理は重要な臨床的課 題であり,実際に加齢に伴い日本人の血清コレステ ロールは高くなり,とくに女性では顕著である(Fig. 1 2 .高齢者の高 LDL コレステロール血症に対する スタチン治療による CVD の予防効果については,お もに初発予防および再発予防試験のサブ解析の中で確 認されてきた 1 .Pravastatin を用いた WOSCOPS(初 発予防試験;60 歳以上が統合サブ解析対象)と CARE および LIPID(再発予防試験)の統合解析から,65-75 歳の前期高齢者におけるスタチンによる CVD リス クの低下は 26%であり,55-64 歳の群のリスク低下 21%と同等であることが示された 3 .このような欧米 における高齢者の成績の多くは,男性患者を主体とし て解析されている.わが国で行われた KLIS も男性患 者を対象とし,pravastatin の CVD 初発予防効果を検 討した臨床試験であるが,65 歳以上の高齢者のサブ解 析において,治療後の LDL コレステロールが高いほ ど CVD のリスクが上昇している 4 .一方,初発予防 と再発予防の両者のフレームを含む HPS では対象の 30%が女性であり,男性のみならず女性でも CVD 予 防効果が認められている 5 .わが国で行われた中等度 高 LDL コレステロール血症を呈する高齢者(60 歳以 上)に対する pravastatin を用いた臨床研究(PATE) では対象の 80%が女性であり,pravastatin の服用を 低用量群(5 mg)と通常用量群(10 mg)に分類し, 6 臨床薬理 Jpn J Clin Pharmacol Ther 39 1 Jan 2008
doi:10.3999/jscpt.39.6 fatcat:fjasnkmbhfbunhtwbbubudlni4