Primary prevention of cardiovascular disease
血栓一次予防-循環器領域から-

Hirokazu Kondo
2016 Tenri Medical Bulletin  
はじめに 循環器疾患における主要な血栓一次予防として, 二つの病態があげられる.一つは虚血性心疾患の 一次予防としての抗血小板薬の投与であり,もう 一つは心房細動患者における主に脳血栓塞栓症予 防としての抗血栓薬の投与である.これらについ て概説し,近年の動向を紹介する. 虚血性心疾患の一次予防としての抗血小板療法 虚血性心疾患の一次予防とは,虚血性心疾患 ( 狭 心症や心筋梗塞など ) の既往のない人の発症を未 然に防ぐための予防的対策のことである.虚血性 心疾患の二次予防 ( 虚血性心疾患の既往のある人 の再発予防 ) としての抗血小板療法の地位は確立 されているが,一次予防に関してはどうだろうか. 1. 欧米における研究 1) Physicians' Health Study 抗血小板療法の一次予防効果については,1980 年代の研究に遡る.Physicians' Health Study は,ア メリカの健康な男性医師 22,071 例を対象にした大 規模な試験である.アスピリン 325 mg 隔日投与 群とプラセボ群に分けて約 5 年間追跡したところ,
more » ... 性心筋梗塞の発症率が約 44% 低下したとの衝撃的な結果が報告された . 1 2) British Doctors' Trial 同年代にイギリスでは,British Doctors' Trial が 行われた.健康な男性医師 5,139 例を対象に,ア スピリン 500 mg/ 日投与群と非投与群にランダム 化して割り付け,6 年間追跡した.総死亡率と非 致死性心筋梗塞の発症率は,両群で有意差は認め られなかった . 2 これは,前述の Physicians' Health Study とは全く異なる結果である.また,血管死は アスピリン投与群で発症率が低下したものの有意 差は認められなかった.一方,一過性脳虚血発作 (transient ischemic attack; TIA)は,アスピリン投与 群で有意に低下した (P<0.05). 2 以降,数々の研究が報告されているが,有効性 と安全性のバランスにおいて,研究によって結果 は異なり,虚血性心疾患に対する一次予防として の抗血小板療法に関する確定した見解は得られて いない. 3) Antithrombotic Trialists' Collaboration 2009 年に,アスピリンの一次予防に関する 6 つ の大規模試験 1-6 のメタ解析が報告された . 7 対象を 50-59 歳と 65-74 歳の 2 つのグループに分けて,心 血管イベントと出血性イベントを 5 年間の累積リ スクで調べた.アスピリン群では両グループとも に,コントロール群と比較して心血管イベントは わずかに減少するが,出血性イベントは増加した. アスピリンの一次予防効果は限定的であり, "一次 予防においてはアスピリンの効果ははっきりしな い"と結論づけている . 7 2. 日本における研究 1) Japanese Primary Prevention of Atherosclerosis with Aspirin for Diabetes (JPAD) 試験 一方,日本では,2008 年に JPAD 試験の結果が 報告された . 8 対象はアテローム性動脈硬化症の 既往歴がない 30 歳以上 85 歳未満の 2 型糖尿病患 者 2,539 例で,低用量アスピリン内服群と非内服 群に割り付けて,PROBE (Prospective, Randomized, Open, Blinded-Endpoint design) 法で実施した試験で ある.約 5 年間の追跡の結果,一次エンドポイン トである動脈硬化性複合イベントについては,有 学術発表会 (2015 年度) 天理医学紀要 第 19 巻 第 2 号 (2016) 意差は認められなかった.65 歳以上を対象とした サブ解析では,アスピリン群で一次エンドポイン トが有意に減少した (P = 0.047).出血性イベント に関しては,有意差は認められなかった . 8 2) Japanese Primary Prevention Project (JPPP) 試験 さらに,2014 年には JPPP 試験の結果が報告され た . 9 対象は,60 歳以上でアテローム動脈硬化性疾 患を有しないが,高血圧,脂質異常症,糖尿病の いずれかを有する 14,464 例である.低用量アスピ リン内服群と非内服群に割り付け,PROBE 法で実 施された.約 5 年の追跡の結果,一次エンドポイ ント ( 心血管死+非致死的脳卒中+非致死的心筋 梗塞の複合エンドポイント ) は,この研究におい ても有意差は認められなかった.非致死的な心筋 梗塞と TIA に関しては,抑制する傾向がみられた. 輸血または入院を必要とする頭蓋外出血に関して は,アスピリン内服群で増加していた . 9 このように,虚血性心疾患の一次予防としての 抗血小板療法については確定的な効果は認められ ていない.高齢者や糖尿病などのハイリスク群に おいては一定の効果が得られる可能性があり,出 血のリスクを考慮して使用を検討する必要がある. 日本循環器学会の虚血性心疾患の一次予防ガイド ラインでは,一次予防としてのアスピリンの投薬 は,複数の冠危険因子を有する高齢者に対しては クラスⅡ,若年者に対してはクラスⅢとしており, 疾患を抑制するベネフィットが出血イベントを起 こすリスクを大きく上回ると考えられる場合に推 奨されている . 10 心房細動患者における脳血栓塞栓症予防としての 抗血栓療法 心房細動では心房内の血流低下により血栓を生 じやすく,その血栓が剥がれて全身に流出するリ スクがある.脳に流出すると,脳塞栓による急速 な意識障害や片麻痺などの症状が現れ,大きな脳 梗塞になってしまうことが多い.あるいは四肢に 流出すると,四肢の痛み,動脈拍動の消失,皮膚 蒼白などの症状が現れ,腎梗塞や脾梗塞などを起 こすリスクもあり,塞栓症の発症は心房細動患者 における臨床上の問題点といえる . 11
doi:10.12936/tenrikiyo.19-011 fatcat:yfglkmazjrcc7e3l5s7m3swq2m