病院の病理検査室におけるホルムアルデヒドばく露のリスクアセスメントについて
Risk Assessment for Formaldehyde Exposure among Medical Technicians of Hospital Pathological Section

Shigeki KODA, Shinji KUMAGAI, Takeshi SASAKI, Jin YOSHIDA
2010 Journal of Occupational Safety and Health  
病院の病理検査室で働く検査技師のホルムアルデヒドばく露を評価するために,勤務時間およびホルムアル デヒドを直接取り扱う作業におけるパッシブサンプラーを用いたばく露測定を実施した.二つの病院の病理検査 室に勤務する 9 名の検査技師に協力していただき,TWA を想定した勤務時間中のばく露測定を 30 事例,STEL を想定したホルムアルデヒドを直接取り扱う作業の短時間ばく露を 11 事例について実施し, 一日の労働時間やホ ルムアルデヒドの高濃度ばく露が予想される作業でのばく露時間との関係を検討した.なお,ホルムアルデヒド のリスクアセスメントを行う際の判断基準としては,わが国の管理濃度と日本産業衛生学会の許容濃度,ACGIH の TLV を参考にした.病理検査室で働く検査技師の勤務時間中のホルムアルデヒドばく露測定を実施した結果, その三分の二で許容濃度の 0.1ppm を超えていた.ホルムアルデヒドのばく露濃度は,ホルムアルデヒドを直接 取り扱う作業の時間と有意な高い相関(Pearson の相関係数=0.791, p=0.000)が認められ,さらに,その取り 扱う作業時間が 1
more » ... を超える(60.0%)と,1 時間以下の場合(6.7%)に比べて許容濃度の 0.1ppm を超える 比率が有意に高くなっていた(χ 2 -test,p=0.005) .ホルムアルデヒドを直接取り扱う作業における短時間ばく 露測定結果では,半数近くが日本産業衛生学会(0.2ppm)や ACGIH(0.3ppm)の提案する天井値としてのばく 露基準も超えていた.病理検査室に勤務する検査技師のホルムアルデヒドばく露の低減対策を実施するためには, ホルムアルデヒドを直接取り扱う作業に関しては,局所排気装置を備えたドラフト内部で行うことを徹底するこ とが必要であろう. キーワード: 病院職場,病理検査,ホルムアルデヒド,リスクアセスメント,長時間ばく露評価,短時間ばく 露評価 1 はじめに ホルムアルデヒドは接着剤原料や界面活性剤,農薬, 消毒剤,一般防腐剤,有機合成原料などとして幅広く用 いられてきた化学物質であるが,その毒性や人体影響に ついても古くから議論されてきた.ホルムアルデヒドの 人体影響はばく露の状況によって分けて考える必要があ る.すなわち,長時間ばく露によって引き起こされる慢 性の健康影響と短時間ばく露によって引き起こされる急 性ないしは亜急性の健康影響の双方が労働衛生上の課題 1) とされている. ホルムアルデヒドの慢性の健康影響の評価について, IARC が 2006 年に出版したモノグラフ 2) の中でグルー プ1(ヒトに発がん性が認められる化学物質)に格上げ した.この背景には,英国 3) と米国 4,5) で行われた大規 模なコーホート研究の結果から,ホルムアルデヒドばく 露者の死亡に関する SMR が全がん(1.10)や肺がん (1.22) ,鼻咽腔がん(2.10)で有意に高かったと報告さ れたことがあげられる.このようなホルムアルデヒドの 新しい毒性情報を受けて,日本産業衛生学会は許容濃度 を 0.5ppm としていたが,TWA(8 時間の加重平均曝露 値) の許容濃度を 0.1ppm と 2007 年に再提案している 6) . 一方,ホルムアルデヒドの急性ないしは亜急性の健康 影響 7~11) を考慮した許容濃度についても検討されてい る. 日本産業衛生学会 6) は天井値として許容濃度を 2007 年に新たに 0.2ppm と提案しており, 米国の ACGIH (米 国労働衛生専門家会議) 12) も天井値として許容濃度 (TLV-C)を 0.3ppm と提案している.従って,ホルム アルデヒドのリスク評価を行う場合には,慢性毒性を考 慮した長時間ばく露評価と急性ないしは亜急性毒性を考 慮した短時間ばく露評価を検討する必要がある. わが国の行政の対応をみると,ホルムアルデヒドに関 わる一連の労働衛生法規等 13~15) が 2007 年に改正され た.その主なものは,①ホルムアルデヒドの第二類物質 への格上げ(特化則) ,②特定業務従事者の健康診断の適 用,③作業環境測定の実施と記録の保存(30 年) ,④特 定管理物質への追加, ⑤局所排気装置の性能要件の設定, ⑥管理濃度の設定(0.1ppm)などである.このような労 働安全衛生法規の改正を踏まえて, 2008 年には国の検討 会が報告書 16) をまとめ,さらに,日本病理学会が医療 機関の病理部門におけるホルムアルデヒドの取扱いに関 する具体的対策を推進するように「ホルムアルデヒドの 健康障害防止について」という報告書 17,18) をまとめて いる. 病院職場では病理検査や組織標本の作製などでホルム アルデヒドが頻繁に使用されるが,従事する労働者はホ ルムアルデヒドへの高濃度ばく露が懸念されているため, 本研究では,病院職場,とりわけ,病理検査室における ホルムアルデヒド取扱いの状況が,個人ばく露濃度ひい てはリスクの見積もりにどのように影響するのか,ホル *1 (独)労働安全衛生総合研究所有害性評価研究グループ *2 大阪府立公衆衛生研究所衛生化学部 連絡先:〒214-8585 川崎市多摩区長尾 6-21-1 (独)労働安全衛生総合研究所有害性評価研究グループ 甲田茂樹
doi:10.2486/josh.3.5 fatcat:qg2znxg4rbc5fkuuuug25rd37y