SPring‐8におけるX線自由電子レーザー計画
An X-Ray Free Electron Laser Project at SPring-8

Tetsuya ISHIKAWA, Tsumoru SHINTAKE, Hideo KITAMURA
2006 Shinku  
. は じ め に レーザーを短波長化して X 線領域に持ち込むことは,こ こ数十年間にわたり光科学の大きな到達目標であった.筆者 の一人も今から四半世紀も前の大学院の頃 Madey の自由電 子レーザー(FEL)の論文 1) を輪講で取り上げ X 線への拡張 に関して論じたことがある.自由電子レーザーは,一定間隔 に整列した電子が,その間隔と同じ波長の電磁波を放射する アンジュレータ 2) を通過すると,放射された電磁波がコヒー レントに強めあい,コヒーレントな光を放射するものであ る.赤外,可視などの低エネルギー領域の電磁波発生では, アンジュレータをミラーを用いた共振器の中に入れ,電磁波 によって電子を整列させることによって,コヒーレント光を 生成する.X 線自由電子レーザーの共振器を構成するミ ラーとして完全結晶のブラッグ反射を利用することを検討し たが,反射率の低さから,余程のブレークスルーが無ければ レーザー発振は困難というのが当時の結論であった.1980 年代半ばに自己増幅自発放射(Self Ampliˆed Spontaneous Emission;
more » ... 電子レーザーの原理 3) が発表され た.これは,ミラーで共振器を構成する代わりに,長いアン ジュレータによって,電子ビームのマイクロバンチを形成 し,アンジュレータの中でコヒーレントに運動させることに よって,コヒーレントな光を発生させるものである.自由電 子レーザーに関するより正確な理論的取り扱いについては, いくつかの教科書が出版されているので,それらを参照して いただきたい 4) . 原子や分子のエネルギー準位を利用する従来のレーザーに は,発振波長に様々な制限があるのに対して,FEL では原 理的には任意の波長で発振させることが可能である.しかし ながら,高エネルギー加速器が絡む FEL は放射線発生装置 であり,普通のレーザーに対するものと比較したら桁違いに 厳しい規制の下で運用する必要がある.このため,普通の レーザーでカバーできる領域での FEL は,有用ではあるも のの不可欠な物ではなかった.それに対して,硬 X 線領域 のコヒーレント光発生は,現時点で FEL が我々の知ってい る唯一の解である.このため,1990年代の中頃から欧米で SASE 型の X 線 FEL(XFEL)施設建設計画が議論され, ヨーロッパでは DESY の European XFEL Facility 5) に,ま たアメリカでは SLAC の Linac Coherent Light Source (LCLS) 6) に収束していった. ヨーロッパやアメリカで,SASE XFEL 施設建設が盛ん に議論されていた1990年代の終盤には,我々は SPring 8 の 立ち上げに忙殺されており,とても新しい光源を議論する余 裕はなかった.一方でこの状況のもとで1999年に出された 学術審議会特定研究領域推進分科会加速器科学部会報告に は, 「近年,X 線自由電子レーザーが将来の第四世代光源と して注目を集めている.この開発のため,高エネルギー加速 器研究機構を中心にした関係研究機関,大学の連携・協力に より基礎研究を推進する必要がある」と記載されている 7) . しかしながら,高エネルギー加速器研究機構はその後,日本 原子力研究所とともに J PARC 建設に乗り出し,放置して おけば XFEL 開発で日本が置き去りにされる状況が生じ た.このため,理化学研究所播磨研究所では,1 km ビーム ライン 8) と27 m アンジュレータビームライン 9) の建設の見通 しのついた2000年から硬 X 線領域での SASE XFEL の検討 を開始した. この SASE XFEL 施設は,SPring 8 Compact SASE Source (SCSS) と名付けられ,様々な研究開発や利用者の 間での議論を経て,平成18年度から 5 年計画で建設するこ とが認められるところとなった.本稿では,計画の出発点と なったコンパクト SASE 光源のコンセプトを紹介すること から始め,そのために行われた要素技術開発の一端を紹介す る.また,このコンセプトが海外の同様な計画と比較してど こがユニークかを明らかにする目的で欧米の計画を簡単に紹 介し,現時点で考えられている SCSS 光源の性能を記述す る.つづいて,現時点で利用計画として議論されているもの のいくつかを紹介し,SASE 原理を超えるよりコヒーレン シーの高い光源への可能性を議論する.そして最後に幾許か の将来展望を試みたい. 放射光関連施設の建設計画においては,Photon Factory の場合にも SPring 8 の場合にも,施設が完成して光を実際 に使ってみてから展開されたサイエンスは,計画時に考えら れていたものを質・量ともに圧倒的に凌駕するものであっ た.逆にいうと,光を見る前に我々が考え付くことには限界 がある.今回の X 線自由電子レーザーの場合にも,まちが いなく同じ道を歩むであろうことは想像に難くない.そうで あっても,本稿が,実際に完成後に中心的に利用する若い世 代にとって,なんらかの参考になれば幸甚である.
doi:10.3131/jvsj.49.678 fatcat:bzabbw4ytzgipkkzif4d6hlbny