病巣となる部位の微環境条件で必要な遺伝子群を発現させ,自己の増殖の場を獲得してきている細菌が,いわゆ る"病原菌"となっているといえる。赤痢菌,腸管出血性大腸菌,レンサ球菌を例に,病原性に関与する遺伝子の 発現がどのような巧みな仕組みで制御されているのかの研究成果を報告する。また,その調節の破綻が,新規な感 染症の出現となる例を劇症型レンサ球菌感染症に見ることができることを示す。 初めに 病原細菌は多くの病原性に関与する遺伝子群を,バクテ リオファージ,プラスミド,形質転換等により水平伝播を 介して獲得してきている。それら遺伝子群は常に発現され ているわけではなく,自己の増殖の場を感知したときに効 率よく発現し,結果的に宿主に傷害を引き起こすようにな るとそれが発症に繋がると考えられている。我々は,宿主 内に侵入した細菌が,その環境内でどのような機構で病原 性に関与する遺伝子群を効率よく発現し,自己の増殖の場 を確保しているのか,またその結果がヒトの病気の発症に どのようにかかわるのかの分子機構を解明し,発現を制御 する方法を見いだすことを目的として研究を続けてきてい

more »

... の成果が浅川賞の対象として認めていた だいたので,赤痢菌,EHEC,劇症型レンサ球菌に関し, 病原性に関与する遺伝子群の発現制御機構およびそれらが 病原性発揮にどのように関係しているのかについて我々の 成果を中心に紹介したい。 1.赤痢菌の発現制御(図 1) 赤痢菌はヒトによって経口的に摂取された後,大腸上皮 細胞に侵入後,細胞質内で増殖をする。一部は隣接細胞に 伝播を繰り返し,病巣を拡大し,上皮細胞の脱落を引き起 こす。その結果,大腸粘膜細胞に微潰瘍が生じ,典型的な 臨床症状として炎症細胞を含む粘血便が起こり,赤痢様 症状を呈するようになる。赤痢菌は Shigella dysenteriae, Shigella flexneri, Shigella sonnei, Shigella boydiiの4種からなる が, それらは 120-140 MDa の大きなプラスミドを保持して いる。そのプラスミドには,赤痢菌が腸管の上皮細胞に侵 入するために不可欠な遺伝子群がコードされており,それ らは種を超えて共通する機能を持っていた (32)。我々はソ ンネ赤痢菌(Shigella sonnei)のプラスミドの中の上皮細胞 侵入性にかかわる遺伝子群をコスミドクローニングし,非 侵入性の大腸菌 K12 株に細胞侵入能を付加できる 37-kb の 細小領域 (essential region) を明らかにした (15)。 transposon mutagenesis やその他の遺伝学的手法によりその領域に は宿主細胞に注入され宿主の機能を修飾する effector 分子 (Ipa や Osp 分子ら)や そ の 輸 送 を 司 る TypeIII 分 泌 装 置 (Mxi-Spa)の構成にかかわる多くの遺伝子群が存在するこ とが明らかになった (10,20,24,27,30)。それら細胞侵 入性にかかわる遺伝子群は VirF-InvE の 2 種類の activator によってその発現を制御されており,VirF が invE の転写 を促進し,InvE が ipa 等のエフェクター遺伝子群の転写発 現を正に制御した (2,15,25,31)。InvE 分子は ipaBCD の プロモター部位の上流の ParB BoxA-like sequence に結合 し,その転写を促進した (28)。virF の発現には 2 成分発現 制御因子(CpxA/CpxR)のアクティベーター CpxR の存在 が不可欠であった。リン酸化された CpxR が活性型として virF の転写を正に調節した (22)。 センサー分子 CpxA は外界 環境因子として酸性条件での virF-invE 発現の低下に関与 した。cpxR 遺伝子が欠損すると virF の発現は完全に off と なるが, cpxA の欠損では virF の発現は外界条件により変化 するのみであった (23)。Cognate2 成分発現調節因子と考え Haruo WATANABE Regulation of expression of virulence-associated genes and pathogenesis